2005年12月23日

ロボットらしさと人間らしさ

森山和道さんの日記で、ASIMOのデザインのすばらしさについて書いてあった。
しかし同時に
だが、だからこそ、ASIMOがいかにも「ロボット的」なことをやると、見ている側には非常に不思議な、奇妙な違和感が立ち上がる。

とも。

つまり、(デザインのすばらしさから)ASIMOがまるで人間のように見えるのだが、何かの拍子にロボットっぽい動きをすると、とたんに違和感を感じるらしい。

同じような話がHOTWIREDの記事にもあって、CGのクオリティをあげて人間にリアルに近づけようとすると、かえって本物の人間との違いが目に付くようになって不気味に見えてくるらしい。
あー、これは「似せようと努力しすぎて却って逆効果」だからまた違うか。

うーん、タニス・リーの「銀色の恋人」という小説で、芸術家ロボットと会話して、人間の思いがけない受け答えに反応できるパターンがなくて無表情になっちゃって、それがものすごく怖く感じられる、という部分があったが、そういう感じかな。

愛・地球博でもマネキンのようなロボットがいたような覚えがあるけど、あまり人に似せるようなことはせず、「人のような形をして」「人のような動きをする」ぐらいのほうが受け入れやすいのかもしれない。
posted by 岩永 at 03:31| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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